AGC(株)は、耐久性5倍の無補強高性能電解質薄膜を開発した。燃料電池の電解質膜において、乾湿サイクル耐久性に影響するタフ化指標を見出し、ポリマー主鎖の柔軟化という新しいコンセプトでポリマー設計をすることにより、薄膜化すると乾湿サイクル耐久性が低下するという、従来の無補強電解質膜が有していたトレードオフの関係からの脱却を実現した。そして、SPring-8等の大型設備で検証しながら、ミクロ構造を制御した燃料電池用のフッ素系電解質ポリマーを開発した。
電解質の膜厚を従来の5分の1に相当する5マイクロメートルにしても、25マイクロメートルの無補強の従来品に対し、5倍以上の乾湿サイクル耐久性を持たせることに成功した。薄膜化した電解質膜を用いることで、発電出力の向上が達成できる。通常、電解質膜を薄くすると水素の膜透過量が増えるが、新規電解質ポリマーと無機層状化合物の複合により、導電性を保持しつつ水素透過量を減らす技術に目途が得られてきた。
今後、本件成果に基づく電解質膜の薄膜化により、燃料電池スタックサイズが30%小型化できるだけでなく、加湿器が不要な簡素なシステムが達成でき、水素社会の実現に向けた燃料電池システムの本格普及につながることが期待される。そのため、実用化を目指し、数年内でプロセス開発やシステムの検証を進めていく。
この発表は、AGCが、内閣府総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の1つである「超薄膜化・強靱化『しなやかなタフポリマー』の実現」(伊藤耕三プログラム・マネージャー)の一環として取り組んだ研究成果。
近年、地球環境に優しいエネルギー変換デバイスとして固体高分子形燃料電池の実用化が進んでいるが、水素社会の実現に向けた燃料電池の本格普及には、発電出力の向上やシステムの簡素化が強く求められている。膜の低抵抗化による発電出力の向上や、水管理を容易にすることによるシステムの簡素化には、電解質膜の薄膜化が有効。一方で、一般的なフッ素系電解質ポリマーから成る電解質膜には、無補強で薄膜化すると発電時の負荷変動に耐えうる機械的な耐久性(乾湿サイクル耐久性)が大きく低下するというトレードオフの関係があり、樹脂などで補強する必要があった。
このプログラムでは、このトレードオフの関係からの脱却を目指して、電解質膜の破壊挙動に関する基礎的検討に取り組み、その中で、劣化メカニズムの解明や劣化を支配するマクロな膜物性の抽出、さらにはミクロなレベルでの膜物性の理解を進めた。そして、これらの知見に基づいた新しいコンセプトによる電解質ポリマーを創出した結果、トレードオフの関係からの脱却を実現し、膜厚を従来無補強膜の1/5に相当する5マイクロメートルに低減しても、5倍以上の乾湿サイクル耐久性を持つ新規電解質薄膜の開発に成功した。
電解質膜を薄くすると、水素の膜透過量が増えて燃料電池システムの燃費性能の低下をもたらすが、このプログラムでは、新規電解質ポリマーと無機層状化合物との複合化による水素透過量低減の検討を進めており、これによって、目標の膜抵抗と耐久性を維持したまま水素透過量を低減する技術に目途が得られてきている。
開発した電解質薄膜は、次世代燃料電池自動車を始め、ポータブル用および家庭用の燃料電池、再生可能エネルギーからの水素製造に向けた水電解用システムなどへの展開が期待できる。今後は、水素社会の実現に向けて、高耐久・低抵抗・低水素透過な電解質膜の実用化を進め、持続可能な社会の実現に貢献することを目指す。
なお、この研究成果は、東京大学 伊藤耕三教授、理化学研究所 相田卓三副センター長(東京大学 教授)、高田昌樹グループディレクター(東北大学 教授)、石田康博チームリーダー、山形大学 伊藤浩志教授、松葉豪准教授、弘前大学 澤田英夫教授、九州大学 高原淳主幹教授、小椎尾謙准教授、名古屋大学 岡崎進教授、篠田渉准教授らの先進的な研究と連携することで得られた。
今回の成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られた。
内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
プログラムマネージャー: 伊藤 耕三
研究開発プログラム: 「超薄膜化・強靱化『しなやかなタフポリマー』の実現」 https://www.jst.go.jp/impact/program/01.html
研究開発課題: 「燃料電池電解質膜薄膜化プロジェクト」
研究開発責任者: 立松 伸
(AGC 商品開発研究所 新商品第2部⻑)
研究期間: 平成 26年度~平成30年度 本研究開発課題では、高性能かつ高耐久な無補強電解質薄膜の実現に取り組んでいる。