
熱と電気とを相互変換できる熱電変換※1技術は、未利用熱エネルギーを電気に変換する熱電発電デバイス※1への応用が期待され、また電気を利用して精密な冷却ができる熱電冷却デバイス※1に使用されている。熱電発電は、これまで、自動車や工場から排出される高温(400℃以上)の未利用熱を対象に研究開発が進められてきた。一方、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が未利用熱エネルギー革新的活用技術研究組合(TherMAT)、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(AIST)らとまとめた「15業種の工場設備の排熱実態調査報告書※2」からも、産業分野では低温(200℃未満)の未利用熱量(排ガス熱量)が未利用熱量合計の76%を占めていることが判明している。高温の未利用熱に加えて、低温の未利用熱にも対応する必要があることが明らかとなった。さらに、近年、IoTなどのスマート技術の急速な発展に伴い、電子機器に電力を供給する自立電源の開発や電子機器の熱制御が課題となっており、室温で高効率動作する熱電発電デバイスや熱電冷却デバイス開発への期待が高まっている。これまで、室温付近(100℃以下)で使用できる熱電変換材料としてテルル化ビスマス(Bi2Te3)※3が数十年使用されていたが、今後、熱電発電デバイスの本格普及と熱電冷却デバイスのさらなる普及のためには、熱電変換技術の核となる熱電変換材料の高効率化に向けた熱電性能指数(ZT)※4の向上が不可欠。
このような背景のもと、NEDOは、「未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発※5」に取り組んでおり、今般、AIST、TherMATと共同で、室温で高い性能を示す新規熱電変換材料を開発した。
これまで、NEDOとAIST、TherMATは、自動車や工場から排出される400℃以上の未利用熱を対象として、テルル化鉛(PbTe)を使用した熱電変換材料の開発に取り組んできた。PbTeの焼結体に、ゲルマニウム(Ge)を添加して、ナノメートルサイズの構造の形成法を確立することで、電気と熱の輸送特性を調整し、従来材料の約2倍の熱電変換性能を実現した※6。今回、この新しい材料設計指針を室温で使用できるセレン化銀(Ag2Se)に応用して、Ag2Seの結晶構造をナノメートル領域で制御することで、電荷を運ぶキャリアの移動度※7の向上と、加えてキャリア濃度※7の最適化※7を実現した。その結果、唯一の実用材料であるテルル化ビスマス(Bi2Te3)と同等のZTを示すAg2Se系熱電変換材料を実現し、400℃以上の温度環境だけではなく、室温付近で使用できる新しい熱電変換材料でも、ナノメートル領域での構造制御という新しい材料設計指針の有用性を実証した。この材料は、IoT用電子機器などの自立電源や電気機器の局所冷却などでの利用が期待される。
なお、この技術の詳細は、2020年5月28日に英国王立化学会の発行する学術論文誌「Journal of Materials Chemistry A※8」に掲載された。
このような背景のもと、NEDOは、「未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発※5」に取り組んでおり、今般、AIST、TherMATと共同で、室温で高い性能を示す新規熱電変換材料を開発した。
これまで、NEDOとAIST、TherMATは、自動車や工場から排出される400℃以上の未利用熱を対象として、テルル化鉛(PbTe)を使用した熱電変換材料の開発に取り組んできた。PbTeの焼結体に、ゲルマニウム(Ge)を添加して、ナノメートルサイズの構造の形成法を確立することで、電気と熱の輸送特性を調整し、従来材料の約2倍の熱電変換性能を実現した※6。今回、この新しい材料設計指針を室温で使用できるセレン化銀(Ag2Se)に応用して、Ag2Seの結晶構造をナノメートル領域で制御することで、電荷を運ぶキャリアの移動度※7の向上と、加えてキャリア濃度※7の最適化※7を実現した。その結果、唯一の実用材料であるテルル化ビスマス(Bi2Te3)と同等のZTを示すAg2Se系熱電変換材料を実現し、400℃以上の温度環境だけではなく、室温付近で使用できる新しい熱電変換材料でも、ナノメートル領域での構造制御という新しい材料設計指針の有用性を実証した。この材料は、IoT用電子機器などの自立電源や電気機器の局所冷却などでの利用が期待される。
なお、この技術の詳細は、2020年5月28日に英国王立化学会の発行する学術論文誌「Journal of Materials Chemistry A※8」に掲載された。
今回の成果
高い発電性能や優れた冷却性能を示す熱電変換材料には、高い熱電出力因子※4と低い熱伝導率※4が要求される。Ag2Seは、低い熱伝導率を示すことから、近年、n型の熱電変換材料として精力的に研究されてきたが、熱電出力因子が低く、高効率化に不可欠なZTは低い値にとどまっていた。
(1)原子レベルでの観察による低い熱電出力因子の原因究明
今回の研究開発では、最先端の走査型透過電子顕微鏡※9を用いた観察により、低い熱電出力因子の原子レベルでの原因を探った。その結果、図1に示す通り、Ag2Seには本来の直方晶系※10の結晶構造の領域のほかに、単斜晶系※10の結晶構造の領域がわずかに存在することが分かった。この単斜晶系の結晶構造の領域がキャリアの移動を妨げるため、表に示す通り、この試料では電荷を運ぶキャリアの移動度が1500cm2V-1s-1と低い値となる。さらに、熱電変換材料では、キャリア濃度の最適化も必要だが、表に示す通り、Ag2Seの場合は6.0×1018cm-3と、熱電変換材料としては高すぎる(注釈※7参照)。原子レベルでの観察により、低いキャリア移動度と高いキャリア濃度の結果、熱電出力因子が低くなっていたことを解明した。
(2)キャリア移動度を増加させ、加えてキャリア濃度を減少させて、熱電性能指数の向上を達成
単斜晶系結晶構造を抑制するために相図などを用いた熱力学的な観点から検討し、化学組成でAg2Seよりもセレン(Se)をわずかに過剰にしたり、硫黄(S)をわずかに添加することで、単斜晶系の結晶構造の形成が抑制された試料を作製できた(図1)。結晶構造を直方晶系に安定化させたことで、表に示す通り、キャリア移動度が増加した。移動度は、セレンをわずかに増やした化学組成Ag2Se1.01の試料で2500cm2V-1s-1、硫黄をわずかに増やした化学組成Ag2SeS0.01の試料で2000cm2V-1s-1まで向上した。また、セレンの増加や硫黄の添加によりキャリア濃度も減少した。その結果、熱電出力因子が改善された。化学組成Ag2Se1.01では、熱電出力因子は高い値である3000μWm-1K-2に達した。
熱電出力因子の改善により、図1に示す通りZTも改善して、100℃のときは、化学組成Ag2Seの0.4から、セレンを増やしたAg2Se1.01で1.0、硫黄を添加したAg2SeS0.01で0.9まで向上した。この値は、数十年もの間、唯一の実用材料であったBi2Te3に匹敵するもの(図2)。ナノメートルレベルでの構造制御という新しい材料設計指針によって、室温で使用できる熱電変換材料のZTを大きく向上できることを実証した。
![SnapCrab NoName 2020 5 29 7 27 49 No 00]()
![SnapCrab NoName 2020 5 29 7 47 1 No 00]()
高い発電性能や優れた冷却性能を示す熱電変換材料には、高い熱電出力因子※4と低い熱伝導率※4が要求される。Ag2Seは、低い熱伝導率を示すことから、近年、n型の熱電変換材料として精力的に研究されてきたが、熱電出力因子が低く、高効率化に不可欠なZTは低い値にとどまっていた。
(1)原子レベルでの観察による低い熱電出力因子の原因究明
今回の研究開発では、最先端の走査型透過電子顕微鏡※9を用いた観察により、低い熱電出力因子の原子レベルでの原因を探った。その結果、図1に示す通り、Ag2Seには本来の直方晶系※10の結晶構造の領域のほかに、単斜晶系※10の結晶構造の領域がわずかに存在することが分かった。この単斜晶系の結晶構造の領域がキャリアの移動を妨げるため、表に示す通り、この試料では電荷を運ぶキャリアの移動度が1500cm2V-1s-1と低い値となる。さらに、熱電変換材料では、キャリア濃度の最適化も必要だが、表に示す通り、Ag2Seの場合は6.0×1018cm-3と、熱電変換材料としては高すぎる(注釈※7参照)。原子レベルでの観察により、低いキャリア移動度と高いキャリア濃度の結果、熱電出力因子が低くなっていたことを解明した。
(2)キャリア移動度を増加させ、加えてキャリア濃度を減少させて、熱電性能指数の向上を達成
単斜晶系結晶構造を抑制するために相図などを用いた熱力学的な観点から検討し、化学組成でAg2Seよりもセレン(Se)をわずかに過剰にしたり、硫黄(S)をわずかに添加することで、単斜晶系の結晶構造の形成が抑制された試料を作製できた(図1)。結晶構造を直方晶系に安定化させたことで、表に示す通り、キャリア移動度が増加した。移動度は、セレンをわずかに増やした化学組成Ag2Se1.01の試料で2500cm2V-1s-1、硫黄をわずかに増やした化学組成Ag2SeS0.01の試料で2000cm2V-1s-1まで向上した。また、セレンの増加や硫黄の添加によりキャリア濃度も減少した。その結果、熱電出力因子が改善された。化学組成Ag2Se1.01では、熱電出力因子は高い値である3000μWm-1K-2に達した。
熱電出力因子の改善により、図1に示す通りZTも改善して、100℃のときは、化学組成Ag2Seの0.4から、セレンを増やしたAg2Se1.01で1.0、硫黄を添加したAg2SeS0.01で0.9まで向上した。この値は、数十年もの間、唯一の実用材料であったBi2Te3に匹敵するもの(図2)。ナノメートルレベルでの構造制御という新しい材料設計指針によって、室温で使用できる熱電変換材料のZTを大きく向上できることを実証した。


今後の予定
NEDOとAIST、TherMATは、Ag2Seのナノ構造の最適化によるさらなる性能向上と、熱電発電デバイスや熱電冷却デバイスへの搭載を通した動作実証を通して、IoT用電子機器に応用するための熱電変換技術の研究開発を推進する。また、高価なAgなどの代替技術も開発する。
NEDOとAIST、TherMATは、Ag2Seのナノ構造の最適化によるさらなる性能向上と、熱電発電デバイスや熱電冷却デバイスへの搭載を通した動作実証を通して、IoT用電子機器に応用するための熱電変換技術の研究開発を推進する。また、高価なAgなどの代替技術も開発する。
<注釈>
※1 熱電変換、熱電発電デバイス、熱電冷却デバイス
熱電変換は、電気と熱エネルギーの相互変換のことで、この現象を示す材料を熱電変換材料と呼ぶ。熱電発電デバイスは、金属と熱電変換材料の接合点に温度差をつけることにより、起電力が発生するというゼーベック効果を利用している。熱電冷却デバイスは、電極金属と熱電変換材料を接合して電流を流すと、接合の温度が上昇(放熱)または下降(吸熱)するペルチェ効果を利用している。電荷を運ぶキャリアが正の電荷を持った正孔(ホール)であるp型熱電変換材料と、負の電荷を持った電子であるn型熱電変換材料がある。
※2 15業種の工場設備の排熱実態調査報告書(2019年3月4日)
※3 テルル化ビスマス(Bi2Te3)
ビスマスとテルルからなる化合物半導体。室温から200℃の温度域で高い熱電性能指数を示し、現在、熱電変換材料として幅広く使用されている。
※4 熱電性能指数(ZT)、熱電出力因子、熱伝導率
熱電変換材料の性能指標である熱電性能指数ZTはZT=S2T/ρκで定義される。このZTが高いほど、発電性能と冷却性能は高くなるす。ここで、Sはゼーベック係数、ρは電気抵抗率、κは熱伝導率。S2/ρは出力電力に関係する項で、熱電出力因子として呼ばれている。
※5 未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発
プロジェクトリーダー:小原春彦(産総研 エネルギー・環境領域長)
事業概要:未利用熱エネルギーに関する革新的な活用技術の研究開発を行う。
事業期間:2013年度から2022年度(うち2013年度から2014年度は経済産業省にて実施)
※6 テルル化鉛(PbTe)を使用した400℃以上の温度で使用される高熱電性能の実現に関しては、下記参照。
テルル化鉛熱電変換材料の新形成法を確立、約2倍の熱電変換性能を実現 (2018年5月22日)
※7 キャリアの移動度、キャリア濃度、キャリア濃度の最適化
キャリアの移動度μは、電荷を運ぶキャリアの移動のしやすさを示す量のこと。キャリア濃度nは、電荷を運ぶキャリアの単位体積当たりの個数のこと。電気抵抗率ρは、1/ρ=enμで表すことができる。ここで、eはキャリアの電荷です。ゼーベック係数Sは、主にキャリア濃度に依存して、S∝1/nとなる。移動度が高ければ、電気抵抗率は低くなり熱電性能指数ZTは向上する。キャリア濃度が高すぎるとゼーベック係数が低くなり、キャリア濃度が少なすぎると電気抵抗率は高くなるためキャリア濃度の最適値が存在する。
※8 Journal of Materials Chemistry A
エネルギーと持続可能性に関連した材料化学の研究を対象とした、査読を取り入れた専門性の高い学術雑誌。
※9 走査型透過電子顕微鏡
電子線を絞った電子ビームを対象に走査しながら照射し、対象物から放出される透過電子を検出して対象を観察できる。ナノメートルサイズでの原子配列が観察できる。
※10 直方晶系、単斜晶系
結晶構造とは、原子の配置構造をいい、その対称性により、直方晶系、立方晶系、単斜晶系など7つに分類される。Ag2Seは、室温で直方晶系の結晶構造ですが、約134℃で立方晶系の結晶構造に相転移する。また、準安定相として単斜晶系の結晶構造が存在する。
※1 熱電変換、熱電発電デバイス、熱電冷却デバイス
熱電変換は、電気と熱エネルギーの相互変換のことで、この現象を示す材料を熱電変換材料と呼ぶ。熱電発電デバイスは、金属と熱電変換材料の接合点に温度差をつけることにより、起電力が発生するというゼーベック効果を利用している。熱電冷却デバイスは、電極金属と熱電変換材料を接合して電流を流すと、接合の温度が上昇(放熱)または下降(吸熱)するペルチェ効果を利用している。電荷を運ぶキャリアが正の電荷を持った正孔(ホール)であるp型熱電変換材料と、負の電荷を持った電子であるn型熱電変換材料がある。
※2 15業種の工場設備の排熱実態調査報告書(2019年3月4日)
※3 テルル化ビスマス(Bi2Te3)
ビスマスとテルルからなる化合物半導体。室温から200℃の温度域で高い熱電性能指数を示し、現在、熱電変換材料として幅広く使用されている。
※4 熱電性能指数(ZT)、熱電出力因子、熱伝導率
熱電変換材料の性能指標である熱電性能指数ZTはZT=S2T/ρκで定義される。このZTが高いほど、発電性能と冷却性能は高くなるす。ここで、Sはゼーベック係数、ρは電気抵抗率、κは熱伝導率。S2/ρは出力電力に関係する項で、熱電出力因子として呼ばれている。
※5 未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発
プロジェクトリーダー:小原春彦(産総研 エネルギー・環境領域長)
事業概要:未利用熱エネルギーに関する革新的な活用技術の研究開発を行う。
事業期間:2013年度から2022年度(うち2013年度から2014年度は経済産業省にて実施)
※6 テルル化鉛(PbTe)を使用した400℃以上の温度で使用される高熱電性能の実現に関しては、下記参照。
テルル化鉛熱電変換材料の新形成法を確立、約2倍の熱電変換性能を実現 (2018年5月22日)
※7 キャリアの移動度、キャリア濃度、キャリア濃度の最適化
キャリアの移動度μは、電荷を運ぶキャリアの移動のしやすさを示す量のこと。キャリア濃度nは、電荷を運ぶキャリアの単位体積当たりの個数のこと。電気抵抗率ρは、1/ρ=enμで表すことができる。ここで、eはキャリアの電荷です。ゼーベック係数Sは、主にキャリア濃度に依存して、S∝1/nとなる。移動度が高ければ、電気抵抗率は低くなり熱電性能指数ZTは向上する。キャリア濃度が高すぎるとゼーベック係数が低くなり、キャリア濃度が少なすぎると電気抵抗率は高くなるためキャリア濃度の最適値が存在する。
※8 Journal of Materials Chemistry A
エネルギーと持続可能性に関連した材料化学の研究を対象とした、査読を取り入れた専門性の高い学術雑誌。
※9 走査型透過電子顕微鏡
電子線を絞った電子ビームを対象に走査しながら照射し、対象物から放出される透過電子を検出して対象を観察できる。ナノメートルサイズでの原子配列が観察できる。
※10 直方晶系、単斜晶系
結晶構造とは、原子の配置構造をいい、その対称性により、直方晶系、立方晶系、単斜晶系など7つに分類される。Ag2Seは、室温で直方晶系の結晶構造ですが、約134℃で立方晶系の結晶構造に相転移する。また、準安定相として単斜晶系の結晶構造が存在する。